序:宣教の波
・マルコの主題は「宣教」。救いとは宣教の恵みの波に飲み込まれていくこと。
・マルコはペテロを通して語られたイエス・キリストを書き留めて文書した。
・マルコはイエスキリストご自身を単刀直入に示したいと考えて書いている。→1:1
・主イエスの最も大切な働きを真っ先に示す。→1:14, 15
1.イエスを取り巻く人々
・周囲の人々は、主イエスのことを誤解し宣教の働きを妨げる。→1:44, 45
・悪霊を追い出した時、人々は主イエスを拒否した。→5:17
・生まれ育ったナザレでも、神のみわざを行うことがでなかった。→6:5
・弟子たちもイエスの力を理解できていなかった。→6:48,49
・主イエスに信仰を認められた女性→5:34
・称賛された理由は→5:27, 28イエスをまことの神と信じ、イエスの力に信頼を置いていた。
・私たちは、イエス様の力を単純に信じて従っているか。
2.宣教におけるイエスの力
・宣教の働き、人の救いにおけるイエス・キリストの力への信頼。
→10:23~27「それは人にはできないことです。しかし、神は違います。神にはどんなことでもできるのです。」
・「人にはできないことが、神にはできる」それが宣教の働きにおいて私たちが持つべき信仰。
・主イエスは宣教の働きを、信仰ある者にではなく不信仰な弟子たちに委ねられた。→16:14, 15
・宣教命令を与えられた後で言われたことは、信じること。→16:16, 17
・16節は救いの決心。17節は救われることと弟子になることは一体的。
マタイ28:19 あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け・・・
・洗礼を受けた者は同時に主イエスの弟子とされ、信じる時にしるしが伴う。→16:16, 17
・宣教の働きを進めて行く中で、必要があれば神の奇跡は当然起こり得ると信じることが肝要。
・困難な地域や霊的荒廃の地で多くの宣教師が実際に体験している。
・主イエスの弟子とされた者として、主イエスの力を信じ宣教の業に向いたい。
3.宣教のうちに働かれるイエス
・知るべきことは、宣教活動の中心に主イエスが共におられること。
16:19 主イエスは彼らに語った後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。
16:20 弟子たちは出て行って、いたるところで福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばを、それに伴うしるしをもって、確かなものとされた。
・主イエスがいなければ宣教の実りはない。人の救いは人間の業ではなく、全能の神の働きによる。
10:27「神にはどんなことでもできるのです。」
・宣教の波も神がすでに起こしておられる。→使徒8:26~38
・神の起こす波とは、教会に来たがっている人々、福音を聞こうと思っている人々のこと。
・神が起こしている宣教の波を捉え、その波に乗るために教会を整えたい。
・教会のすることは、祈りと御言葉によって神の臨在を示し、福音を聞かせる。
・教会は全てのことを、自己満足のためではなく宣教のために行う。
・主イエスの力に信頼し、共に宣教の波に乗っていきたい。