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ヘブル人への手紙「希望あふれる信仰」

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序:キリストを見る

12:2 信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。
・信仰とはキリストを見つめ続けること。
・キリストから視点が離れると信仰が揺れ動く。
・自分で思い描いたイエスを見るのではなく、聖書が明示しているイエスを見つめ続けたい。

1:ヘブル人へ ~キリストから遠ざかる者へのメッセージ~

・宛先のヘブル人とはユダヤ人で、ここではイエス・キリストを信じたユダヤ人クリスチャンを指す。
・ローマ帝国によるキリスト教弾圧が強まる中、信仰のあやふやだった者は棄教していた。
・特にユダヤ人信者たちは、キリストによる救いではなく、旧約の儀式による贖罪に後戻りし始めた。
・ユダヤ教に戻った者たちは、イエス・キリストによる救いの教理に無理解。→5:11~12
・イエス・キリストを知ることと信仰の成長は結びついている。
・ヘブル書は、信仰の中心であるイエス・キリストがどのようなお方かをメッセージとして伝えている。

2:イエス・キリストを知る

(1)真の救い主
・イエス・キリストは、旧約聖書から預言されていた唯一の救い主。→1:1~3
・旧約聖書の御言葉を多く引用し、旧約聖書の方向性がイエス・キリストにあることを示す。
→1:5は詩篇2:7とⅡサムエル7:12~7:14を引用
(2)真の祭司(祭司とは、神と人間との関係回復をとりなす仲介者)
・イエス・キリストは、旧約の祭司よりも偉大な、天から来られた大祭司。
・イエス・キリストは神であるが、人間と同じになられ、さらに人間の罪を背負ってくださった。→2:17
・大祭司キリストは、決して交わることができなかった神との関係を完全に回復させる。→4:14~16
・旧約の祭司は、民の罪の赦しのために動物をいけにえとしたが、完全に罪を取り除けなかった。
・しかし、大祭司イエス・キリストの贖いは完全。→7:24~25
・旧約儀式に戻る者たちに、キリストこそまことの救い主、真の大祭司であると告げる。→9:11~12
(3)真の勝利者
・イエス・キリストを信じ続け、苦難を乗り越えた者だけが最終的な人生の勝利を与えられる。
・誰にとっても人生とは苦しみに満ちたもの。その根本原因は人間の罪と死の問題。→9:27
・人間は死の問題と、罪の裁きの問題を解決されない限りは、苦しみから逃れることはできない。
・しかし、イエス・キリストを救い主と信じた者の人生の最後は勝利に変えられる。→9:28
・人生の終わりが死んで滅びに至るのか、待ち望んでいたイエスに迎えられるのか。

3:忍耐して待つ喜び

・勝利のイエス・キリストが再び来られる。だから希望と忍耐をもって待ち望もう。→10:35~36
・キリスト来臨の遅延感に失望する者たちは、忍耐できずに教会の集いから離れてしまう。→10:25
・誰のための忍耐か。信仰とは神の民全体の祝福と、教会の歴史を共に形成するためにもある。
・私たちの信仰は、迫害の中、忍耐をもって信仰の歩みをしてきた先人たちあってのこと。
・歴史を通じて、キリスト者たちが語ってきた合言葉。→10:37
ヨハネ黙示録22:20 「しかり、わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。(マラナタ)
・11章には旧約時代の信仰者たちの忍耐の歩みが称賛されている。→11:1~2
・彼らは神の約束(メシヤ=キリストの来臨)を信じ、ひたすら忍耐して待ち望んだ。→11:39
・旧約の信仰者は、後の時代の人々に神の救いの約束を届けるために忍耐した。→12:1
・新約時代の人々はキリストのお姿と、キリストの十字架と復活のわざをその目で見ることができた。
・再び来られるキリストを、旧約の先人たちのように忍耐して待ち望みたい。
・イエス・キリストは死に打ち勝ち、勝利者として神の右の座におられる。
12:2 信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。
・勝利者イエス・キリストを待ち望む私たちの信仰は、希望にあふれている。
・イエス・キリストから目を離さずに、主が来られることを夢見て、共に忍耐をもって歩み続けたい。

聖書66巻

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