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ピリピ人への手紙「共に喜びましょう」

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序:宣教の喜び

・ピリピ書は「喜びの書簡」。「喜び」という言葉が多くある。
・パウロは牢獄からこの手紙を書いた。「喜びの書簡」であり「獄中書簡(エペソ、ピリピ、コロサイ)」。
・パウロは福音宣教のゆえに、ローマ帝国によって投獄された。→1:13
・しかしパウロは投獄されたことを悲観せず、福音の前進を、喜びをもって語っている。→1:12、1:18
・ピリピ教会はパウロとその宣教団の働きを支えたが、教会内に対立と争いの問題があった。

1:教会が目指すべきこと

2:2 あなたがたは同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、思いを一つにして、私の喜びを満たしてください。
・教会に属する者たちが一致すること。これが最も重要なこと。
・神の愛とキリストの十字架の赦しによって集められ、一つとされているのが教会。→1:27
・教会の一致は、イエス・キリストの強い願い。
ヨハネ17:21 父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人を一つにしてください。
・教会の一致が聖書で多くあるのは、一致することの重要性と同時に一致することの困難さがあるから。
・教会は罪赦されて神の家族とされた者たちの集いだが、依然として古い罪の性質がある。
・しかし、あきらめることなく信じ続け、忍耐と愛をもって一致を目指していくのが真の教会。
・ボンフェッファーの言葉(『共に生きる生活』より)・・・「『完全な教会でなければ愛せない』という幻想を早い段階で捨て去り、私たちは皆不完全で十字架の恵みを必要としていることを十分に知るべき」

2:一致するために

2:1 ですから、キリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、
・「…あるなら」とあるが「実際にあるから」とも訳せる。教会は恵みによってすでに一つとされている。
2:2 あなたがたは同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、思いを一つにして・・・。
・私たち教会は不協和音ではなく、各々の賜物によって共に喜びの音を奏でる神の家族。
2:3 何事も利己的な思いや虚栄からするのではなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。
・自己中心や虚栄心とは自分を高めようとする思い。「へりくだって」人を高めることが教会の一致。
・相手を変えようとするのではなく、自分自身を変えていく。
2:4 それぞれ、自分のことだけでなく、ほかの人のことも顧みなさい。
・他の人を愛しているか、他の人のために祈っているかが問われている。

3:教会にはキリストが生きている

・私たちが「他の人を顧みる」ためにパウロはキリストを指差す。→2:6-8
・「ご自分を無にして」とは、そこに神の業が起こること。十字架によって罪人を救う神の業が現れた。
・高ぶる人間は、神によってへりくだらされる。聖い神の前に立つ時、自分の罪を知り絶望する。
・人間のへりくだりは、罪深い自分に絶望する者だけが可能な生き方。
・愚かな罪人がキリストの十字架によって赦された。徹底したへりくだりから教会の真の一致が始まる。
・へりくだった時にこそキリストにお会いできる。なぜなら、キリストは教会の最も低い所におられるゆえ。
・キリストは私たち平和台恵教会の問題を見てもあきらめることなく、愛と赦しをもって支え、私たちが一致することを信じ期待し続ける。
・私たちもこの教会の集まりをあきらめることなく、忍耐と愛をもって一致を目指していきたい。そこに私たちの喜びがある。

聖書66巻

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