千葉県流山市/プロテスタントのキリスト教会です。

ローマ人への手紙「神の愛に応えて」

序:そういうわけだから

12:1 そういうわけですから、兄弟たち。・・・
・なぜ礼拝するのか、なぜ教会に属するのか、ローマ書は個人の信仰を教会の信仰へと導く。
・旧約聖書(父なる神)→新約Ⅰ福音書(キリスト)、新約Ⅱ使徒~書簡(聖霊)
・「使徒の働き」以降は教会宛ての手紙がほとんど。「教会が整えられること」を目指している。
・救いは個人的な事柄だが、個人の信仰が教会に属する(つながる)ことが神の救いの目的。
・ローマ書は1~11章、12~16章に大きく分けられるが、全体から福音の豊かさを知る。
・前半に語られる「信仰義認」が、どのような豊かな結実をもたらすかを後半で語る。

1:パウロの回心

・ローマ書の著者はパウロ。地中海世界に出て行って、精力的に世界宣教を行った。
・パウロはローマ教会のことを聞き訪問を願った。真の福音を伝えるため。→1:15
・ローマ教会にはユダヤ教から回心した者、異邦人など様々な背景とした人々が集っていた。
(元ユダヤ教の人々は、行いによる信仰理解に陥りやすかった。)
・パウロ自身、熱心なユダヤ教徒のリーダーでキリスト教会を迫害。
・パウロは教会の迫害の最中、主イエスの声を聞いた。→使徒9:1-5
・パウロは主イエスの愛に触れ、神の真の救いである「信仰義認」を知る。

2:信仰義認

・人間は恵みによって救われても、「行い」に傾いてしまう。
・「信仰義認」の福音を消極的に考える者たちに、パウロは福音の真髄を告げる。→1:16-17
・人間が救われるのは、「神の義」を「信仰」によって受け取るから。→1:17
・ユダヤ人たちには選民思想があったがそれも否定。→3:9-10, 20
・人間はどんなに努力して良い行いを積んでも、神の完全無欠な義には及ばない。
・恵みの救いによって、怠惰な歩みになり罪に鈍感になることは決してない。→6:1-2, 15

3:神に愛される者

・そもそも神の義は、受け取れるものではない。→7:24
・与えられるはずのない恵みを受けることができるのは、神の深い愛のゆえ。→5:8
・その神の愛を受け取っておきながら、平気で罪を犯すことができようか、できるはずがない。→8:32
・クリスチャンとは命がけで神に愛されている者。→8:35-39
12:1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。
・神の圧倒的な愛を受け取り、その愛に捉えられた者は、神の愛に応えないではいられない。

4:神の愛に応える者

・信仰義認とは安価な救いではなく、神の愛、主イエスの命がけの高価な救い。
・クリスチャンとは、神に愛された者、そしてその愛に応えて生きる者。
・神様を愛する方向性→12:1-2
・「あなたがたのからだを」・・・救いは霊(魂)だけではなく体も神のものとされたこと。
・礼拝をささげる時、心も体も「まるごと」神にささげる。→6:12
・「聖い」とは取り分けておくこと。余りものではなく最良のものをささげる。
・さらに私たちの体は、教会にささげる。キリストの体である教会と一体化される。→12:3-8
・私たちクリスチャンが愛の応答として行うことは・・・
(1)神への愛を表す礼拝  (2)キリストへの愛を表す奉仕と交わり
・神の愛に応答するとは、礼拝を重んじ、教会に仕えて愛を表すこと。

聖書66書簡

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