千葉県流山市/プロテスタントのキリスト教会です。

レビ記「新しい自分との出会い」

序.自分の発見

・聖書は神様と人間の関係を語る:聖書に自分の存在を見る。
創世記・・・「私」は神様に造られた、特別な存在。しかし、神様に逆らい罪の状態にある。
「私」を罪から救い出すことを約束する神。
出エジプト・・・神様は「私」を罪から助け出すお方。
「私」は古い自分を脱して、神様に従う決断をする。
「出エジプト記」は、古い自分との決別 → 「レビ記」は、新しい自分との出会い
古い自分は、神と無関係に生きる。 → 新しい自分は、神との交わりに生きる(交わりの回復)

1.神を礼拝する者に

神との交わり=礼拝
レビ記(1)聖なる神との交わりの礼拝規定  1章~17章
レビ記(2)聖なる神との交わりの生活規定 18章~27章
神様の交わりの場所は「幕屋」 →出エジプト35章以降
※幕屋は「教会」の予型 :「教会」は信者の群れ= キリストのからだ
レビ記では、「幕屋」でなされる礼拝と奉仕に関わる様々な取り決めが記されている。
求められているのは「聖」であること。
レビ19:2「あなたがたの神、【主】であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。」

2.神と交わるために

・神様は仲介者となる「祭司」として、レビ部族を立てた。
・新約以降は、キリストの救いの完成により、神の民はすべて祭司となる(万人祭司)。
Ⅰペテロ2:9「あなたがたは・・・王である祭司・・・」
・神との交わりには「いけにえ」(犠牲のささげもの)が求められる。1章~7章
(1)全焼のいけにえ:雄牛、雄羊、雄やぎ、鳩などを全焼する。→「神への献身」
(2)穀物のささげもの:小麦粉と油で種を入れないパンをささげる。→「神への感謝」
(3)和解のいけにえ:牛、羊、やぎなどの脂肪を焼く→「神との和解(平和の交わり)」
(4)罪のためのいけにえ:意図のない罪、知らずに犯した罪の償い
(5)罪過のいけにえ:神と他人に対する罪の償い
これらの「いけにえ」はキリストによって完成され、不要となった。→へブル9:7~14
しかし、私たちのささげる礼拝がお気軽な礼拝になっていないか・・・。
イエス様の尊い血汐によって、私たちの礼拝が成り立つ
詩篇51:17 神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。

3.自分自身を献げる

心をささげる = 自分自身をささげる。
・神は尊いひとり子イエスを差し出して、私たちを贖いご自分のものとされた。
・「贖い」とは、「買い戻す」という意味。
・キリストの血の代価によって、私たちは買い戻され、神のものとされた。
レビ20:26 あなたがたはわたしにとって聖なるものとなる。【主】であるわたしは聖であり、あなたがたをわたしのものにしようと、国々の民からえり分けたからである。』
・自分自身をささげるとは・・・この世にあって聖さを保つこと。
レビ18:3 ・・・カナンの地のならわしをまねてもいけない。彼らの風習に従って歩んではならない。
ローマ12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。
・礼拝における神との交わりが私たちの聖さを保つ。
・新しい私→ イエス様の尊い血汐によって神のものとされた聖なる民
レビ20:26 あなたがたはわたしにとって聖なるものとなる。【主】であるわたしは聖であり、あなたがたをわたしのものにしようと、国々の民からえり分けたからである。』

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