千葉県流山市/プロテスタントのキリスト教会です。

ヨハネの福音書「いのちを与える神」

序:真実のいのち

・ヨハネのテーマは「いのち」。
・主イエスこそが「真実のいのち」であり、そのいのちを人々に得させるためにヨハネは本書を記す。
20:31 しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。
・主イエスのいのちは死ぬことがなく、いつまでも生きることができる「真実のいのち」。
11:25 わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
・本当の「いのち」とは、死ぬものではなく生きるものだと聖書は語る。
・主イエスの「いのち」を受け取っていくために、最も重要なことは信じること。
→1:12、 →3:16、 →20:31
・「信じる」ことをヨハネが何度も繰り返すのは、パリサイ派の自力救済の蔓延による。

1:パリサイ派の生き方

・パリサイ人(派)とは、聖書を重んじ、純粋に守ろうとする一派。
・十戒を字義どおりに厳守することが神の民としての立場を堅持し、神の国への条件と考えた。
・神の民としてふさわしくとの純粋な思いが、律法に拘泥し歪んだものとなった。
・社会的地位の低い者たちや病人などは、神の祝福を失った者と蔑視。
・主イエスは弱い者たちと関わり、安息日でも病人を癒したことで、パリサイ派から嫌われた。
・主イエスは十戒の真の意味を明らかにするが、ますますパリサイ派の恨みを買う。

2:ニコデモの訪問

・パリサイ派の中でニコデモだけが主イエスのもとに来た。→3:1~2
・不安と疑問を拭いきれないニコデモに対して主イエスは新生の必要性を告げた。→3:3
・人間は、修行してもパリサイ派のように聖書を字義通り守っても、神の国に入ることはできない。
・ニコデモは驚きつつ、その理由を主イエスに尋ねる。→3:4

3:新しく生まれるために

・神の国に入るには、一体どのように生まれ変わるのか。→3:5~6
・「水」とは洗礼のしるし。「御霊」は聖霊。生まれ変わるには「聖霊」が人の中に入ること。
・自分は生まれ変わったのかと迷う者は多いが、洗礼によって確実に聖霊が内住する。
→14:16~:17
・聖霊のことを人間の力で捕えることはできない。→3:8
・聖霊の働きはイエス・キリストの御業に深く関わっている。→3:14~15
・旧約聖書(民数記21章)には、青銅の蛇を仰ぎ見ると生かされる信仰の救いが記されている。
・ニコデモは丹念に聖書読んできたが、「信じるだけで救われる」救いの真理を見失っていた。
・行いではなく、自分の罪を認め、主イエスの十字架を見上げ、罪の赦しを信じるならば、真のいのちを受け取ることができる。
3:15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。
・「永遠のいのち」という言葉は、ヨハネ福音書で17回も出てくるほど重要なキーワード。→3:16
・「救い」とは、罪が赦されるだけではなく、同時に「永遠のいのち」を得ること。
・クリスチャンはイエスを信じた時、聖霊によって生まれ変わり、新しい命が与えられている。
・私たちのすることは、「永遠のいのち」をすでに持っていることを信じ、喜ぶこと。
・信仰の歩みは人間のガンバリではなく、「永遠のいのち」が与えられている喜びが原動力。
・罪が赦され「永遠のいのち」が与えられていることを喜びつつ歩みたい。

聖書66書簡

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