千葉県流山市/プロテスタントのキリスト教会です。

ヨエル書「恵みが注がれる時」

序.小預言書であっても

・ホセアからマラキまでの12書は小預言書。
・大預言書と小預言書の違いはページ数の違いだけ。内容の重要性は同じ。

1.さばきの「主の日」

・預言者ヨエルは、南ユダの人物。ヨアシュ王時代(BC835-796)に活躍。
・ヨエル書の主題は「主の日」。→1:15, 2:1, 2:11, 2:31, 3:14
・「主の日」とは、神が主権をもってこの世に介入される時。
・「主の日」が裁きの日となるか、救いの日となるかは、その自身の神への態度で決まる。
・神の民イスラエルの多くは、偶像や異教の影響を受け、霊的に堕落していた。→1:5
・神を忘れ、「主の日」が来ることを忘れていることが問題。
・霊的に腐敗し、信仰が眠っている南ユダの「主の日」は裁きの日となる。→1:4

2.本来の「主の日」

1:8 若い時の夫のために、荒布をまとったおとめのように、泣き悲しめ。
・ユダヤ人の結婚の慣例:(1)親が承諾、(2)結婚公表(結婚式)、(3)1年後に一緒に暮らす
・イスラエルと神は(2)の結婚式をし、(3)の実質的な結婚を待っていた。それが「主の日」。
・「主の日」は、神と民が顔と顔を合わせ、永遠に神の家に住む喜びの日、祝福の日。
・しかし、民たちは「主の日」を待たずに、神を忘れ、偶像を拝むようになった。
・それゆえ、「主の日」は、裁きの日、滅びの日に変わってしまった。→2:11

3.救いの「主の日」

・しかし、あわれみ深い神は「主の日」を喜びの日に変えるため、救いの道を備えられる。
2:22・・・木はその実をみのらせ、いちじくの木と、ぶどうの木とは豊かにみのる。
・「主の日」を裁きの日から、神の民が喜び楽しむ日に回復してくださる。
・回復のために神の民がしなければならないことがある。
2:12 「・・・心を尽くし、断食と、涙と、嘆きとをもって、わたしに立ち返れ。」
・「立ち返れ」とは、「悔い改め」(方向転換)の呼びかけ。
・神に向き直って、神を呼び求め、神のもとに戻ること。
2:15 シオンで角笛を吹き鳴らせ。断食の布告をし、きよめの集会のふれを出せ。
・神様との実質的な結婚を目指し、「きよめの集会」にて身を整えること。礼拝の大切さ。

4.私たちの「主の日」

・終わりの時に「主の日」のしるしと恵みが与えられる。
2:28 その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ・・・
2:29 その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。
・終わりの時代には、神を信じるすべての者に神の霊が注がれる。
・使徒の働きのペンテコステの出来事で成就→使徒2:16-18
・今私たちが生きている時代は終わりの時、間もなく来る「主の日」を待っている時。
・この世界の終わりの日は、イエス様が再び来られて私たちを迎えに来る「主の日」。
・教会はキリストの花嫁として、花婿なるイエス様を待っている。
・聖霊が雨のように注がれて、心も体も整えられながら「主の日」に向かって歩む。→2:23
・なかなか終わりの「主の日」が来ないのは、神が一人でも多くの人が救われることを願うゆえ。
Ⅱペテロ3:9 主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。
・終わりの時代は、宣教の時代。まことの神を知らない人々の救いの時。
2:32 しかし、【主】の名を呼ぶ者はみな救われる。
・教会はすべての人が共に喜びの主の日を迎えることができるよう、宣教の働きを担っている。

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