千葉県流山市/プロテスタントのキリスト教会です。

ハバクク書「何に信頼してますか」

序.信仰と疑い

・「信仰」と「疑い」は対極にあり、また表裏一体。私たちは疑いと信仰の間で常に揺れている。
・ハバクク書は「疑い」と「信仰」が軸。

1.ハバククの疑いその1

・ハバククは、南ユダに立てられた預言者。BC612年から588年に活動。
・ハバクク書の特徴は、神に向かって訴えること。疑問点や納得できないことを訴えた。→1:2~3
・私たちも抱きやすい疑問を、ハバククは大胆に吐露した。
・時代状況は、南ユダを苦しめていたアッシリヤがバビロンよって滅ぼされた時期。
・だが、南ユダに平和が訪れず、信仰的腐敗によって国内に不道徳、暴力と不正が蔓延。
・ハバククの訴えに対し、神様は次のように答える。→1:6
・カルデヤ人とはバビロン帝国のこと。神はこの国を用いて南ユダを回復させることを宣言。

2.ハバククの疑いその2

・バビロンを用いる、神のさばきの方法はハバククにさらなる疑問を抱かせた。
・なぜ、神は凶暴な国家を用いてさばきを行うのか。→1:12~13
・我々神の民は、虫けらにすぎないのか・・・。→1:14
・ハバククが神に疑いや迷いをぶつけたのは、神を信じたいからこそ。
・それゆえハバククの自分の立ち位置は明確。→2:1

3.ハバククのとりなし

・ハバククは南ユダの民の代表として、神の前に立ち疑問をぶつけていた。そこには神の民南ユダを回復させたいというハバククの切なる願いがあった。
・ハバククのとりなしの訴えに対する神の答え。→2:2~2:3
・「幻」は最後に与えられる勝利のこと。つまり、神を信じ続ける者が、最後に勝利すること。
・しかしそれは、ハバククの疑問には直接の答になっていない。さらに神は次のように言われた。
2:4見よ。彼の心はうぬぼれていて、まっすぐでない。しかし、正しい人はその信仰によって生きる。
・とにかく信じることだと言われた。疑問や迷いがなくなったら従うのは信仰ではない。

4.何を(だれを)信じるか

・重要なことは信じる対象。「何に信頼しているか」。「何に・・・」それが信じるに足るものかどうか。
2:4 見よ。彼の心はうぬぼれていて、まっすぐでない。
・偶像の神々は人間の都合に良くても、そこには救いはなく、最後は滅び。→2:18~2:20
・偶像は人間が木や石で作ったもので命も心もない。いくら信じても命は与えられない。
・まことの神は、虫けらのような人間に命を与え、神の愛と義を与えてくださる。
→2:4 ・・・正しい人はその信仰によって生きる。
・ここでの「正しい」とは、自分の力で得る正しさではなく、神のほうから与えられる賜物。
・信仰とは、自力で頑張って得ることではなく、信じる対象から恵を受け取ること。
・真実な神を信じるならば、受け取るべき最善のものを受け取ることができる。
ローマ1:17 なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。
・福音とは、神の御子イエス。キリスト。→ロマ1:2~4
ローマ1:4死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。
・私たちが信じる神は、尊い一人子イエス・キリストの命を与えてくださる愛に満ちたお方。
・信じるべきお方が明確になっても、迷ったり、疑ったりするのが罪ある人間。
・しかし、迷いがあっても疑いがあっても、そのお方との交わりに生きることが重要。→3:17~19
・状況が悪くても疑いがあっても、神との交わりに生きる時に平安と喜びに満たされていく。
・疑い迷いがあっても、まことの神に信頼を置き、イエスを信じ、その交わりの中を歩みたい。

聖書66書簡

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