千葉県流山市/プロテスタントのキリスト教会です。

イザヤ書「救い主がやって来る!」 

序.預言と予言

・イザヤ書からマラキ書までは「預言書」
・「預言」とは、神の言葉を預かること。未来を言い当てる「予言」とは違う。
・「予言」は、未来になにが起こるかを知らせるのみ。どうするかはその人次第。
・「預言」は、「神のことば」に耳を傾け、それを信じ、それに従うことが要求される。→1:10, 1:16
・「神のことばが真摯に語られ、真摯に聞かれるところに、真の教会ができる」(カルヴァン)

1.イザヤ書と聖書

・聖書は、旧約39書簡と新約27書簡、合わせて66巻になっている。
・イザヤ書は聖書構造に酷似。全体で66章で、1-39章(罪の告発)、40-66章(救いの宣言)。
・1章の始まりは、人間の堕落による罪を語り、創世記と合致している。→1:2
・66章の新天新地の約束は、聖書の最後の書簡、ヨハネの黙示録と合致する。→66:22

2.イザヤの時代

・預言書は基本的にその時代の人々に告げられるが、後の時代の人々にも語っている。
・イザヤが生まれた時、南ユダ王国はウジヤ王のもと国家は繁栄し経済も非常に豊かだった。
Ⅱ歴代誌26:16 しかし、彼が強くなると、彼の心は高ぶり、ついに身に滅びを招いた。彼は彼の神、【主】に対して不信の罪を犯した。彼は香の壇の上で香をたこうとして【主】の神殿に入った。
・霊的な腐敗、道徳的な腐敗が国家全体に蔓延。堕落した預言者は王のご機嫌取りに。
・神はイザヤを預言者として立て、裁きを下すことを明らかにされた。→5:24
・南ユダの滅亡を決定づける出来事が起きる。→39:2
・ヒゼキヤ王が、バビロンの使者に財宝を見せびらかしたため裁きが宣告される。→39:5,6
・バビロンに攻め込まれ、南ユダの神の民はすべて捕囚として連れ去られた。
・イザヤ自身は預言の成就を見ることはなかったが、神の預言をまっすぐに語り続けた。
40:8 草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。

3.イザヤの福音

・イザヤの預言は裁きだけではなく、神の愛と救いのメッセージを語った。→35:4
・バビロンの手に落ちても、そこから必ず救い主が来て、救出されることを宣言。
・バビロン捕囚となった南ユダの民を助け出したのは、ペルシャの王クロス。→44:28
・それゆえイザヤは南ユダの人々に、救い主がくる備えをするように語った。
40:3 「主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。」 →マタイ3:3にて引用
・罪を悔い改め、救い主がいつ来ても良いように、悪の道を捨て神の言葉に従う歩みをせよ!

4.救い主がやって来る

・イザヤ書はキリスト誕生の700年も前に書かれたが、イエス・キリストを預言。
「降誕」→7:14見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。
「家系」→11:1 エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。(ダビデの家系)
「苦難」(十字架による救い)→53:5彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。(53:1-12)
「復活」→25:8 永久に死を滅ぼされる。
・救い主イエス様を迎えるために、私たちがすることは道を整えること。→40:3
・神を無視する思い、神以外のものに価値をおく考え、それらの石をとりのける。
・主イエスは復活し天に帰られたが、再び私たちを迎えに来られる。→使徒1:11
黙示録22:20 これらのことをあかしする方がこう言われる。「しかり。わたしはすぐに来る。」
・再び来られる救い主を私たちはどのように、道を備え、心を整えていくのか。→40:8
・神の言葉を土台として、神を神として礼拝をすること。
・永遠に変わることがない神の言葉は、私たちに新しい命と力を与える。
40:31【主】を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。
・救い主を信じて待つ人生は、新しい力を得る歩みとなる。

聖書66書簡

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