千葉県流山市/プロテスタントのキリスト教会です。

アモス書「本当の正義はどこに」

序.正義

・アモス書のテーマは「正義」。
5:24 公義を水のように、正義をいつも水の流れる川のように、流れさせよ。
・ヨエル書の「主の日」がアモスでは「その日」。→2:16, 4:2, 8:3, 8:9, 8:10, 8:13, 9:11, 9:13
・「主の日」とは「神の裁き」と「神の救い」だが、アモス書では「神の正義」が問われる。

1.預言者アモスの登場

・アモスは南ユダ王国に住む平凡な羊飼いであり農夫。北イスラエルに語るために召された。
・すぐ北イスラエルを告発せず、周辺国から預言。→1:3
・アモスの裁きの宣告が南ユダにも向けられ→2:4-5さらに、北イスラエルにも向けられた。→2:6
・他人の罪や問題は良く見えるが、実は自分にも同様の罪がある。

2.北イスラエルの罪

・アモスの時代(BC786年~746年)は、豊かな繁栄の時代。
・南ユダは豊かさの中で、神の言葉に従わなくなり、偶像に惑わされるようになった。→2:4
・北イスラエルは、国家の繁栄は神によるものだとし、神を礼拝し感謝祭を行っていた。
・では北イスラエルの罪の問題は何か…上層階級の人々の信仰と相反する罪が横行。→2:6
・その問題はさらに5章で指摘。→5:11-12
・11節「貧しい者を踏みつけ」とあるよう、権力者や裕福者が、社会的な弱者を虐げていた。
・そのような道徳的腐敗に対し、アモスは正義の回復を叫んだ。→5:14~15
・北イスラエルは神の民として神礼拝を行っていたが形式的で、生活においては神に喜ばれない不正や、弱者の虐げがなされていたため、彼らの礼拝は神に退けられた。→5:21~23
・神はアモスを通し、イスラエルが霊的に飢饉にあることを指摘。→8:11
・平和の状態、豊かな生活が悪いわけではない。実生活で神の正義に立たず、神に喜ばれる歩みを目指していないことが問題。

3.礼拝と行いの一致

・神は名ばかりの神の民、形だけの表面的な礼拝を喜ばれない。
・日々の生活においても神の民としてふさわしくあることを求めておられる。→5:24
・現代も自分の利益や欲望を満たすために、他者を見捨て弱者を虐げ不正が横行。
・私たちも、愚かなこの世の価値観に流され、自己中心の欲望にとらわれ礼拝に来ることがある。
・ですから、絶えず自分の罪を点検し、心からの悔い改めをもって神の前に出る必要がある。
・神に喜ばれない罪を重ねていないか、弱者を犠牲にして利得を貪っていないか。それが「主の日」に神の御前で問われる。

4.神の正義がこの世に流れるように

・大切なのは、真実な心による礼拝と、神の言葉と神の正義に立って生きることの決断。
→5:24 公義を水のように、正義をいつも水の流れる川のように、流れさせよ。
・私たちの中には本当の正義はない。真の正義は神にある。
・神の正義は、人を回復させ生かすこと。→9:14-15
・神の正義は十字架にかかってくださったイエス・キリストにある。
・キリストの愛と正義を受けた者は、神の正義がその人自身に流れている。
ヨハネ7:38 「わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
・罪に満ちた世に神の正義が流れるよう、自分の中に流れているキリストの正義が人々に届くように、祈りつつ、御言葉に従い、それにふさわしく歩みたい。

聖書66書簡

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